Tuesday, January 29, 2019

闘病記パート4 まさかの結果!2

点滴ベッドでゾワゾワしながら待っていた。
タクシーで行くと、4千円ぐらいかな。

20分ぐらいして黒ぶちメガネ君がやってきた。
「車の準備ができたから、僕が一緒に行くんで、大丈夫です!」

やる気満々じゃないか。石心会はハイヤーサービスもしているのか。素晴らしい。

点滴はそのままで行くと言う。
え、ハイヤーで点滴?

黒ぶちメガネ君がガラガラと持ってきたのは、車椅子だった。

アタシ「いや、歩けるよ!」
黒ブチ「まぁまぁ、とりあえず座って」

急に重病人扱いである。
点滴の棒を持つように言われ、そのままガラガラと車椅子を押してくれた。
これは逃げられないようにしているに違いない。

着いた先にあったのがこれ↓

紛れもなく救急車!
まぢですか!!!

言われるがままそれに横になる。

はい、ちょっと揺れます
寒いかな?

いやいや、大丈夫だけども

救急車だった。乗ったら、プシュープシュー言う血圧測るヤツと、多分酸素飽和度かなんか測るヤツを指にはめられ、程なく車は出発した。

黒ぶちメガネ君がそばに立ってる。

アタシ「ちょ! ピーポー鳴ってるけど?」
黒ブチ「うん、救急車だからね」
アタシ「そんな?」
黒ブチ「せっかくだからね」

わからない。なにがせっかくなんだ!?
運転手さんがマイクで「はい、救急車通ります」とか言ってるし!

いつも、車を運転していて、救急車の為に路肩に寄せたりするけど、
乗ってるのアタシだよ?! 
皆さんに申し訳ない。

等の本人は救急車の中を撮影する余裕。

よけてくれた皆様ごめんなさい。

信号無視で行くと、15分ぐらいで着いた。確かに早い!w
しかし、そこまで緊急を要するんだろうか、疑問。

西埼玉に着くと、ガラガラ寝たまま診察室の所まで連れていかれ、
もうそこからは色々聞かれるから何がなんだかわからなかった。
診察室には5~6人いたと思う。
もはや、誰が先生で、誰が看護士なのかわからない。

女性に診察台に上がるように言われた。
でもって、診察台に上がってもゾロゾロ人が見に来ていた。

もうどーにでもなれ。

女医「なんか、子宮口の所、汚れてるもんね」

それは覚えている。
超音波のヤツでグリグリやって、これかなぁ。。とかゴニョゴニョ言ってた。

診察室に戻ると、PCのモニターに石心会のCT画像が映っていた。

女医「あのね、子宮の後ろに膿の塊があるのね。すっごい大きいの!」

見事なはしゃぎっぷりである。

女医「ほら見て見て!こんな!」

本来なら赤ちゃんの大きさ測るやつ、「赤ちゃん今7センチぐらいですね~」の時に使うツールでアタシの病巣を測ってみせた。画面を覗き込む人々。アタシも覗き込んだ。なんと、8センチもある!

それからは、質問の嵐、何回妊娠したか、出産回数、避妊リングの事、アレルギーはあるか、尋問だった。
途中で黒ぶちメガネ君が「ほら、内膜症の事言わないと」ってアタシの後ろから言った。

あれ、まだいたんだ。と声に出して言ったかどうかは解らない。

しばらくして、黒ぶちメガネ君が「そろそろ行くね。頑張ってね」と言ったので、
「色々ありがとう。なんだか良く解らないけど頑張るね」と言って、握手して解れた。

そこからはもう女医がアタシのお腹を切りたくて仕方ない風で、楽しそうだった。
開腹手術へまっしぐら。アタシが口をはさむ猶予も与えてくれなかった。

今度はナースがこれまた車椅子にアタシを乗せ、時速8kmのスピードでアタシを拉致った。

ナース「部屋は個室と大部屋あるけど、どうします?」
アタシ「え、個室っていくらするの?」
ナース「一日6500円の部屋と5400円の部屋があるんだけど、空いてるかな」

時間はもう夕方近くになっていた。

アタシ「安い方で・・・」
ナース「空いてたらそっちね、了解」
アタシ「んで、今日の今日手術なんだよね?」 
ナース「うん。8時から」
アタシ「だよね~手術終わって大部屋にガタガタ帰るのもあれだから、個室で」

結果、安い方は空いてなくて、高いほうになってしまった。

ナース「数日経って傷が落ち着いたら、大部屋に移動もできるから」

商売上手である。

ただ、個室に案内されたため、電話をかけることができたのが幸い。
息子に電話して、コンタクトとか、もろもろを持って来るよう頼んだ。

その後も怒涛の流れ。

手術着なるものに着替えさせられ、あちこち連れまわされた。
アレルギーテストとか、パイパン化などだと思う。

いちいち車椅子で移動で、アタシは左手に

闘病記パート4 まさかの結果!

朝起きて、気分も身体も重かった。
でも、昨日の先生の様子じゃ行かなかったら一生シカトされかねない。
処方箋ももらえてないし、リボトリールがないと困る。

どーせ入院ならスウェットでいいや!とパジャマみたいな格好で昨日の医者へ。

受付で、またしてもインフルエリアに行けと言われた。
どうやら、事務にはアタシの状態が伝わってないらしい。

アタシ「あそこ、インフルエリアですよね?」
事務「え?あれ?」

事務はそう言ってガサゴソデスクの上をやった後にアタシのカルテ的なのが特別なところに入っているのを見つけたみたいで、そこに貼り付けてあるポストイットのメモを見た。

事務「あっ、こっち側で待っててもらって大丈夫です」
アタシ「ですよね~。インフルなんかなったら死んじゃう(笑)」

待ち時間は最短だった。待っている人をすっ飛ばして呼ばれた。特別扱いは悪い気はしない。

アタシ「先生おはようございます。約束どおりちゃんと来ましたよ」
先生「石心会でいいね?電話して紹介状書くから」
アタシ「はい」
先生「何で行く?」
アタシ「タクシーだといくらかかるだろ」
先生「救急車呼ぶって手もある」
アタシ「そんな!救急車は本当に必要な人のためにある訳だから」
先生「必要な人だからいいと思うけど」
アタシ「いやいやいやいやいや。タクシーで行きます」

またベッドで待つように言われた。重病人扱いである。

診察室で先生が看護士になんか怒ったような口調で言っていた。
「インフルエンザの患者さんもいるんだから!」

多分インフル患者とは隔離しろって事だろう。
先生が電話して何やら説明していた。
紹介状ができるまで20分ぐらい待ったかな。

そのまま会計へ行って封筒をもらい、会計を済ませた。
さよなら先生~~~~~

タクシーに乗る前にコンビニに寄ってiqosの素を3個購入。
入院したiqos吸えないんだろうなぁ。でも数日でしょ。

駅前のタクシープールは午前中って事もあってタップリ待っている車がいた。
タクシーの中で石心会に行く事、入院らしいって事を話した。

ドライバー「話聞いてると入院が必要な病気っぽくないですね」
アタシ「そーなのよ!でもなんか血液がヤバイらしいの」

石心会までは10分もかからなかった。
ホント、凄い立派な建物だった。
前に行った筑波大学の東京キャンパスみたいな感じだった。

車を誘導する警備員に喫煙所はあるか聞いた。
もしかしたら最後のiqosになるかもしれん。

警備員「病院の敷地内は全面禁煙です。敷地を出たら、それはお任せします」

あっそ。んじゃ吸わせてもらう!アタシは歩道まで出てiqosを吸ったが、寒くて最後まで吸えずに断念。他にも敷地外喫煙の人達が数人いた。路上喫煙はまだ条例ない!はず。

中に入るとレセプション的なのまであった。一部上場企業か!
紹介状の事を言ったら、あちらへどうぞ、とERの場所を教えてくれた。

個人情報の関係か、この後は名前ではなく、番号で呼ばれる。
どうせ待つんだから、とヨロヨロ腰を少し曲げて歩きながら自販機まで行ってCCレモンを買った。なんとなく記念撮影。

思ったより早くに呼ばれた。
診察室に入ったら、元気なナースと思われる女性が色々聞いてきた。
アタシの荷物置きにあるCCレモンを見て、「それ、飲まないで」
って言いやがった! 飲むために買ったんだぞ。のどかわいてるのに。

血圧測って、血液取って、尋問されて終わり。元の待合室に戻された。
お~い!インフルいたら困るよぉぉぉぉ

15分ぐらい待ったらまた呼ばれた。
入ってみると、今度は男性。黒のポロシャツ的なものを着て、医者が着る白衣じゃない。ナースなのか、医者なのかわかんない。
同じような質問をされて答えた。
しかし、今回は腹膜炎チェーック! 圧痛テストである。
多分医者だろうね、ビンゴで痛い所を押された。
「おぉっふ!痛ーい!」
CTを撮るように言われてなんかクリアファイルを渡された。

CT待ちの間にファイルの中身を見ると、町医者が書いた紹介状が入っていた。

そう、見逃してはいけない。
白血球 2万
CRP 23以上

それから・・・「不安神経症・不眠・少しうつ病」
少しってなによ!てかうつ病じゃないし。アスペでアップダウンが激しいだけなのに!!
そういや、このお医者さんにはアスペ診断と、ADHDの薬飲んでるの言って無かったかも知れない。

CTは初めてだった。昔頭痛がひどくてMRIを勧められたけど、しっかりと断った。
病気が発見されたら仕事ができなくなるって理由だった。

CTの機械にSiemensのロゴ。真新しい。
「お!シーメンスだ。かっちょいい」
アタシの独り言は完全にスルーされた。別に反応を求めているわけじゃないけども。
仰向けにねて腕を上げないといけないんだけど、お腹が痛くて腕を伸ばすのも嫌だった。
シーメンスはアタシの体内をしっかり撮影していた(と思う)。

CTが終わるとまた待合室。
ロキソニンで熱を下げているとはいえ、一ヶ月近く熱が出たりしてたもんだから、ろくに食べていないし、待つのもキツイ。

次に呼ばれたら、点滴ベッドまっしぐらだった。予想外にフワフワしたベッドだった。
仰向けに寝ると、天井の真新しい蛍光灯みたいな白いLEDがまぶしい。こりゃたまらんとサングラスをかけた。
さっきの元気なナースが入ってきて
「どんだけリゾートですか!」
と言って笑っていた。

アタシ「なんかね、昨日の病院では測れないぐらいの炎症反応だって言うんだけど、ここのはいくつまで測れるの?」
ナース「56だったかな。でももうそれは・・」
アタシ「死ぬ間際みたいな?」
ナース「そうですね~」

なんて話しながらさっさと点滴のセッティングを進めるあたり、さすがプロである。
抗生剤ぶち込んでるんだろうな。

15分ぐらいリゾートしてただろうか。今度は黒のポロシャツの医師だと思われる男性がやってきた。

黒ポロ「CT見たんだけど、今日抗生剤打ったら帰れますよ」
アタシ「まじで?超嬉しいんだけど」
黒ポロ「うん。点滴終わったら帰れるから」

これはまさかの展開。シーメンスにすべて見透かされて入院かとおもいきや、帰れる、だとぅ? 初めての入院未遂。まぁいっか。帰れる程度ならまた処方箋もらいにいかないと、眠剤がなくなる。
心躍った。

点滴部屋にいて、なにやらあたしの事を黒ポロ集団が話しているようだった。
「45歳かぁ・・・」

そうだった。この下痢腹痛と戦ってる間に誕生日を迎えていたんだった。
そうそう、卵巣が痛かったけど、更年期だろうな~って思ってたんだ。

5分後、別の黒ポロシャツ+黒ぶちメガネがやって来た。

黒ポロ2「あのね、CTの画像をうちの婦人科の先生に診てみてもらったら、別の病院に行くようだって」
アタシ「え?帰れるって聞いたけど?」
黒ポロ2「うん、帰れないね」
アタシ「まじか~~~~入院?」
黒ポロ2「入院て言うか手術になるかも知れない」
アタシ「がーーーーーん。んで、どこに行けばいいの?」
黒ポロ2「うち婦人科はあるんだけど、外来しかなくて、入院ができないから、西埼玉」
アタシ「狭山ヶ丘の方の?電車は無理だぞ!タクシーでいくらかかるんだろ」
黒ポロ2「う~ん。タイミングが合えばうちにある救急車でもいいんだけど、空いてるかな」
アタシ「いやいや、救急車は救急の人に取っておいたほうがいいでしょ。タクシーかなんかで行くよ」
黒ポロ2「そういう事だからちょっと待っててね」

そう言って黒ぶちメガネ君はいなくなった。
帰れる、からの手術かもってどーなのよ? 上げておいて落とすってこんな感じ。

でも仕方ない。息子と約束したんだ。


生きる方の選択をする。


長くなったので、1月29日分は続く・・・・






Monday, January 28, 2019

闘病記パート3 やむなく病院へ

取引が不発だった事を受けて、息子と話した。
死ぬ予定が不発だったから、遺書つーか、メモの説明。てか、スマホのロック解除のPINも教えてなかった。準備不足!!!!

息子曰く、まだ生きてて欲しいと。
「もう何も思い残す事はない。生きろって言うならお前も働いて助けろ。お前はフリーターでフラフラ生きて、なんでかーちゃんが全部背負い込んでんの?生きろって簡単に言うな!かーちゃんは十分働いてお前ら育てた。生きて欲しいならせめてかーちゃんを病院に連れて行けるように免許取れ。金がないなら除染の仕事3か月して来い。」


腹膜炎だとすると、入院するようなのは調べて知っていた。ワンチャン腹膜炎じゃないかも。

とにかく、リボトリールが切れそうだったのでいつもの町医者へ。。。
受付で高熱が出たと言ったら、インフル患者エリアに詰め込まれた。この状態でインフルなったら死亡確定じゃないですかー

20人以上待っている。ロキソニンで痛みを抑えているし熱も無いけど、結構待ってるのは厳しかった。一時間半待ってようやくアタシの番。2019年になって一回目の受診だったので、今年もよろしく的な挨拶をした。

アタシ「処方箋もらいにきました。」
先生「なに、熱出たの?」
アタシ「はい。年末ぐらいから卵巣あたりが痛かったからそれだと思うんですけど。調べたら腹膜炎てやつみたいで。」
先生「どれ、見て見よう。」

そう言って先生はいつものようにアタシの下まぶたをベロっとやった。「貧血気味かな」とかブツブツ言って、聴診器でお腹をぽんぽん。それからベッドに仰向けにねる様に言われた。

どうして腹膜炎だと調べてわかったのか。”腰を曲げないと歩けない”と言うフレーズだった。これビンゴ。まさにこれだった。ひどい下痢と高熱。まっすぐ立とうとしても痛くて立てない。インターネットって便利だ。

先生はさすが医者!って感心するぐらいピンポイントで痛い所を数箇所押した。
アタシ「おひょ~~~~~」
先生「痛いか」
アタシ「やばいっす」
先生「血液調べてみよう。採血したら、ベッドで休んでていいから」

採血後にカーテンで仕切られた点滴ベッドエリアで横になっていた。
カーテンの向こうで激しく咳き込んでいる人がいる。インフルだったらマジかんべん。

20分ぐらい経って、先生がなんか慌てた感じでやって来た。

先生「ダメだ。すぐに大きい病院行って検査してもらって」
アタシ「は?なぜゆえですか?」
先生「原田病院なら急患でまだ診てくれるかも知れない」
アタシ「歩いていくの?」
先生「歩きでもタクシーでも何でもいいからすぐに行かないとダメだ」
アタシ「なんでですか?」
先生「血液の炎症反応がね、うちで測れる限界を超えちゃってる」
アタシ「ふーん。やばいんですか?」
先生「敗血症なんかになってショック起こしたら大変だ。原田病院に電話してみよう」
アタシ「ちなみに限界値っていくつ?」
先生「23」

アタシには23のヤバさが全くもってわからない。
先生は病院に電話しているようだった。

程なくしてもう一度診察室に呼ばれた。

先生「原田病院は緊急外来は、外科の先生だからダメだった。今日は時間も時間だから、明日朝いちでどこか大きい病院へ行ってCT撮るなりしてもらって」
アタシ「自然治癒力でなんとかなりませんかね?」
先生「ならないこともある」
アタシ「困ったなぁ。先生なんとかできないの?」
先生「画像がない。画像がないとどうにもできない」
アタシ「大きい病院行ったら入院とかあり得ます?」
先生「大いに、ある」
アタシ「えーーー!嫌だなぁ。多分卵巣辺りだと思うんだけどなぁ」
先生「医者に”多分”なんて言葉はない。確実性が必要なの。多分ガンですね~じゃ話にならないでしょ。だからちゃんと調べてもらって」

ごもっともでございます。

先生「今日は抗生剤の点滴をしてから帰って、明日の朝必ず来て」
アタシ「は~い」
先生「どこがいいかな。石心会が婦人科あったかな」
アタシ「あ、石心会は弟が死んだんでちょっと行けないです。まぁ、救急車の中でもう死んでて、死亡の確認が石心会だっただけなんだけど、あの出入り口がトラウマで。」
先生「それじゃダメだなぁ。西埼玉かな」
アタシ「それどこですか?」
先生「狭山ヶ丘の方」
アタシ「電車で行けと・・嫌だぁ!」
先生「あ、石心会新しくなったよ」
アタシ「え?移動したんですか?」
先生「駅の西口の方にすごい立派な建物になって」
アタシ「それなら石心会行けそう。あの玄関じゃなければ」
先生「じゃぁ、石心会かな。婦人科がないとダメだから」

確かに卵巣痛かったけど、腹膜炎で婦人科関係なくね?なぜこだわる?

元のベッドに戻って看護士に点滴してもらった。
なんでも結構時間かかると言う。

先生は診察室でガンガン患者さんをさばいて、終わったようだった。

先生「先生今日は夜間診療の当番だからもう行かなきゃだけど、明日の朝必ず来て。今日は強めの抗生剤入れてるから今日は少しは楽かもしれないからゆっくり休んで。あの数字見たら、先生今夜眠れないから!」


だいぶ数字にご立腹だった。

アタシ「先生、リボトリールとかは・・・」
先生「何日分かは残ってるでしょ。明日大きい病院行ってそこでもらって!」

ぐぬぬぬぬ。
処方箋が人質に!くっそう。どうしても明日来なきゃならぬ。

点滴中に暇だったので炎症反応23をググってみた。
記事は炎症反応が5を超えたら抗生剤の点滴をするべきで安易に投与するのはよろしくない!って内容だった。

5どころじゃないんだけども。さらにググる。

炎症反応20以上→即入院レベル

ガーーーーン。入院確定かぁ。んで強烈な化学療法になる的な事が書いてあった。
でも、点滴で治るならまぁ数日ぐらいいいかぁ。入院した事ないし。

こんなお気楽な事を考えて家に帰った。







Sunday, January 27, 2019

闘病記パート2

秘密の約束。
今となっては悪魔との取引って呼んでる。

熱でうなされてる数日間で夢を見た。
今、あれは夢だったって言えるけど、その時は本当だと信じてた。

アタシが歩いていると、小さな白い紙がヒラヒラとチョウチョのようにたくさん舞っている。周りにはあたしと同じようにお腹が痛い人達が同じ方向に向かって歩いていく。明るくも暗くもない、どこか中立的な、天国と地獄の境い目のような場所。

「その白い紙を取ると死ねるんだよ。内緒だよ。」

どこからか声が聞こえた。

その時アタシはヒラヒラ紙を取った。
でもまだ準備が必要だ。

その頃は子宮あたりではなく、お腹全体が痛くて水下痢になっていた。”腰を曲げないと歩けない”というくだりで、自分は腹膜炎になったんだなって思った。インターネットってすごく便利。

実家の母親が来てくれておかゆを作ってくれたりしてたんだけど、病院行かないの?って何度も聞いてきた。アタシは「重病とか今発見されても困るし、行かない」と頑として聞かなかった。

どっちにしろ普段飲んでる薬がもうすぐ無くなるから、処方箋もらいに行くようだ。

息子宛に遺書のようなものをスマホのメモに書いた。
信長の時代は「人間50年」。もう十分生きたし、人の10倍15年働いた。家族も許してくれるはずだ。

ベッドで丸くなって熱と腹痛に耐えながら母親にこぼしてしまった。

「今きついけど、もうすぐ終わるから。。」

明日の朝には冷たくなってる。終わる。
頑張って生きた。全力だった。

しかし、取引不発。
次の日も朝は来てしまった。

夢だったのかよ!!!!!



Saturday, January 26, 2019

闘病記

アスペ女子が女子でなくなる闘病記!

今年に入ってお腹の右下の方がシンシン痛かった。
なんとなく、卵巣が腫れてるような気がしてた。
あたしは遠い昔、結婚してた頃、潰瘍性大腸炎てのになって、内視鏡検査の時痛すぎて、
「もっと上手な先生出せ!」と暴れ、鎮静剤の筋肉注射を打たれてフラフラで帰った事がある。その時内視鏡が入らなかった理由として、腸と子宮が癒着している可能性があると言われた。子宮内膜症だね。結局、内視鏡の検査の後、二回ほど便器が真っ赤になったけど、病院はバックれたままだった。
その後妊娠した時に癒着が剥がれて一日中転げ回った。二人目の妊娠の時は超音波でガッチリ内膜症だねって言われたので、そうだったんだろう。

今回はあの剥がれる感じの腹痛が年末に一回あって、年明けから右下腹部の鈍痛が続いていた。じんわり痛いのでロキソニンを飲んでしまえば騒ぐ事じゃない。
一週間ほど放置してたらいよいよ熱が出た。38℃ぐらいだったかな。そんなんだってロキたんが30分で解決!それでまた一週間ほどやり過ごした。

ある日の朝方、5時とかに猛烈な寒気で目が覚めた。熱を出す気だな、マイボディ!手伝ってやろう!!
電気敷毛布を別の部屋から持ってきてダニパンチ近くまで温度を上げ、丸くなって顎をカタカタさせていた。38.5℃。足先が冷たいからまだ上がる。

アタシが起きてる時にはロキソニンで熱を下げられちゃうから、寝込みを襲ったわけだな!思う存分熱を出せばいいさ!そして、右下腹部の謎の炎症と戦っておくれ。
結局39.5℃近い熱が出て、足先もポカポカ。
う〜む。なかなかつらい!
起きてる時ぐらい痛みと熱から解放されてもいいよね♪ ロキたんカモーン。

三日連続でそんな日が続いた。

熱が続くので、
そーか!そんなに熱くしたいのだな!手伝おうじゃないか! 電子レンジでチンする湯たんぽらしきものをお腹の上に乗せてアタシは大満足だった。

コレが凶となる

その日の夜40℃を記録。
ただ、40℃出た事は家族の誰にも言わなかった。
秘密の約束事があったから。

ネズミの過密状態の実験から日本の少子化問題の将来を見る

 今日、Quoraを見ていて少子化の話題がでていたので、アタシは日本みたいな狭い土地で増えすぎたから8千万人ぐらいまで減ると思っているんだけど、ふと「ネズミって狭いカゴの中だとどれぐらいまで増えるのかな?」と思い、検索したら恐ろしいモノにたどり着いた。 Behavioal Sin...